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Knock on the door

IT系営業マン時々ベーシスト。日常の事や好きな事をだらだら書いていきます。

「意識が高い」と「意識高い系」の違いは一体何なのか考えてみた。

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こんにちは。

最近よく耳にする「意識が高い」と「意識高い系」という言葉。

巷ではよく使われているのですが、本来の意味や使い方が自分でもよく分からなくなってきています。

そこで、この2つ言葉の違いに関して自分なりに考えてみました。

 

目次

 

 

「意識が高い」の定義

 

まず、「意識が高い」という言葉の意味を調べてみました。

意識 - Wikipedia

日本語では、「ある物事について要求される注意を払っている」とか「考え方や取り組み方について努力が行われている」といったことを表す場合に、意識が高い(または低い)といった言い方が許される。

 

なるほど、

どうやら 何かあるものに対して何かしらの努力が見えている、行動を起こしている場合「意識が高い」と言われるみたいですね。

その物事や何かあるものの定義によってかなり使い方が限定されるようで、曖昧な感じがします。

そこで、ある程度定義付けを行います。 

 

例えば、

ゴミで溢れかえる海岸をきれいにしたいために毎朝ゴミ拾いをする、世界中の恵まれない子供たちのために募金活動をする、環境問題について調べて発表する、といった行動が「意識が高い」という言葉の範疇に属しており、肯定的な表現としてよく使われます。

これらの行動の根底には、「こうなってほしい」という自己の欲求があると考えられます。目的も明確でビジョンがあります。

また「意識が高い」人間の行動には、何かあるいは誰かのために行動しようという奉仕の心、あるいは社会貢献的な意識も伺えます。

 

それでは

「あるバンドが大好きで、そのバンドが1日でも早く売れるように、毎回ライブに足を運び、ツアーについていったり、身銭を切ってグッズやCDを買いまくっている人」

はどうでしょうか。

こういった人に対しては一般的に「意識が高い」という言葉は使いません。

 

「海岸をきれいにするためにゴミ拾いをする人「と「バンドに尽くしている人」

両者の違いは社会貢献です。

両者とも自己の欲求と奉仕的精神を伴っていますが、非常に残念なことに、バンドが売れても世の中は良くならないため、社会貢献にはあてはまりません。

 

また、人間以外にも使える言葉ではないと考えます。

おやつが食べたい、ご主人様に喜んでほしいがために、ご主人様が投げたフリスビーを全力で追いかける犬に対して「意識が高い犬」という表現はあまり使いません。

これも自己欲求と奉仕的精神を伴っていますが、ご主人様が喜んでも社会貢献にはあてはまりません。

 

 

以上より、

「意識が高い」あるいは「意識が高い人」=何か、または誰かが抱えている普遍的な問題の解決、または描いた理想を現実のものとしたいという欲求やビジョンがあり、それに対して行動を起こし、社会に貢献している、あるいは貢献しようとしている人間

 ということが言えます。

 

 

 「意識高い系」の定義

では、その「意識が高い人」に対してよくネットで嘲笑されている「意識高い系」について定義してみます。

この「意識高い系」という言葉は、人をバカにする、あるいはそういった人嘲笑する際によく使われるインターネットスラングです。

主に

「自分はこんな立派な経歴で、こんなすごい人と知り合いで、こんな活動をやっていて、こんな肩書きがあり、こんなすごいことを考えている。」

などといったことを主にSNS等インターネット内で強く主張するが、実際には大したことがない人間に対してよく使われています。

 

 

この類の人間は僕もよく知っており、理解しています。

個人的な見解を多く含みますが

当てはまるパターンとしては

 

  • 学名や経歴及び学歴を執拗に主張するが、一体何を学んできたのか分からないぐらい、専攻しているはずの学問及び分野に疎い。
  • 有名人や有識者と一緒に写っている写真をSNS等にアップし、友人からの反響に満足して終わっている。
  • 目的がわからない学生団体を立ち上げ、何か重要なポストについている割に、何をしているのかがいまいち見えない。
  • 学生団体の間でのみ有名。
  • 人脈が大好き。
  • 自己啓発系のセミナーに感化されるも、行動が伴っていない。
  • 「〇〇のメソッド」といったようなタイトルで謎の講演会を行う。
  • なんかすごいと思った人を勝手に認め、「メンター」と呼び始める。
  • 聞き手が理解できないような横文字を多用してくる。が、本人もあまり意味を理解していない。
  • 海外へ遊びに行くことを「自分探しの旅」と表現する。
  • コーヒーショップで横文字の長い名前の飲料を飲みながら、パソコンと飲料を写真に撮ってオシャレに加工した後、SNSに写真をアップし、ただそれだけで満足して1日を棒にふる。
  • コーヒーショップで本当にパソコンで仕事をしている人の邪魔、あるいは評価を下げていることに気づかないぐらい自分に酔いしれている。
  • 就職活動の際、許可なく「サークルでは副部長をやっていた」と主張する。
  • 周りに対してとってつけたような知識を披露し、自分の方が格上であると主張するが、本人の実力はそれほどでもない。 

 

などといった人々です。

 

彼らには「人に尊敬されたい」「すごいと思われたい」という承認欲求強い傾向にあり、それ故にこのような自己中心的で愚かな行動を引き起こしているのではないかと考えられます。

また、自己の欲求や描いた理想があるにもかかわらず、明確なビジョンがなく、目的に対する行動がブレています。

さらに、彼らの中には「世の中を変えたい」という理想の現実化問題意識があるにもかかわらず、社会貢献的な要素が見受けられない場合が多くあります。

 

 

以上より

「意識高い系」=社会貢献的な気持ちよりも承認欲求が強く上回っており、問題の解決や描いた理想を現実のものとすることに対して、明確なビジョンがなく行動がブレている、自己中心的で愚かな大したことない人間

ということが言えます。

 

 

まとめ

両者の定義は

「意識が高い」あるいは「意識が高い人」=何か、または誰かが抱えている普遍的な問題の解決、または描いた理想を現実のものとしたいという欲求やビジョンがあり、それに対して行動を起こし、社会に貢献している、あるいは貢献しようとしている人間

 

「意識高い系」=社会貢献的な気持ちよりも承認欲求が強く上回っており、問題の解決や描いた理想を現実のものとすることに対して、明確なビジョンがなく行動がブレている、自己中心的で愚かな大したことない人間

となります。 

 

 

このことより

「意識が高い人」と「意識が高い系」の違いは

自己の欲求が自身に向いているか、他者に向いているか

社会貢献的な要素があるかどうか

問題解決あるいは理想に対する行動が正しいかどうか

 

であると言えます。

 

 

端的に言えば

「意識高い系」はウザい。

 

 

 

以上です。

読んでいただいてありがとうございました!